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大分家庭裁判所国東出張所 昭和50年(家)19号 審判

申立人  高守

申立人  タヱ

主文

申立人等の氏を蓑と改氏することを許可する。

理由

一、本件申立の要旨は、申立人等の氏であるは、蓑の略字であるところ、前者は難読で一般に通じないところから、申立人等は既に久しく後者の字を使用して蓑と称し、公用その他特殊の場合を除いては、戸籍上の氏を用いておらず、なお最近は親族等から世人の誤解を買わないよう、この際至急改姓してはどうかという強い要請も受けておるので、右を蓑と改氏することの許可を求めるというにある。

二、よって、審按するに、≪証拠省略≫を綜合すると、申立人等はその氏を戸籍上の記載に従ってと書いても一般に「ミノ」と読まれず、かえって蓑の誤字ないし変体文字などと誤解される等社会生活における不便から既に永年にわたって右を蓑と書き蓑姓を称してきたこと、これに対し世人も何ら怪しむところなく、申立人等に宛てられた第三者の書信や文書等も悉く申立人等の氏を蓑と記載しており、公用関係文書等も、戸籍や選挙関係の証明書および徴税関係の告知書等一部のものを除いては、すべて蓑姓で表示され、これが通用しておること、申立人等の長男登司行は婚姻に際し妻側親族からこの際世間に通用する本字の蓑姓に改氏するようにとの強い要望を受け、夫婦の新戸籍編製に当り所定の手続により蓑姓に改氏しておること等の事実が認められる。

三、ところで、氏の変更については、戸籍法第一〇七条第一項により、やむを得ない事由の存することを必要とするものであるところ、右やむを得ない事由については、同条第二項所定の名の変更についての必要事由との対比上からも単に正当な事由があるというだけでは足らず、改姓しないことによって本人その他の関係者が受ける物質的損害ないし精神的苦痛が多大で、同人等にそれを堪え忍ばせることが酷であると客観的に認められるような事情がある場合を指称するものであるとされて、改氏許容への門は極めて狭く解せられている傾向(昭四〇・六・二九大阪高裁決定、家裁月報一七巻一一号記載参照)にあるものであるが、しかし斯かる一般的基準は右氏の改変が当該氏によって表象される人の同一認識を全く変えるような場合に妥当するものであって、これと異り右同一認識を変えるものではなく、氏の識別性の不完全を補完するものとみられるもの、例えば本件という氏ののように殆んどの人が正読できず、かつその字体的形容からむしろ蓑という字の誤字か欠損字ではなかろうかというような印象を与えるようなものにつき、これを通常人ならば誰でも読め、かつ欠損感のない字体である蓑という字に改めるというがごときことは、右氏の同一認識を変ずるものではなく、氏の識別力を補い強めるに過ぎないものであるから、このような場合は必らずしも前記のやむを得ない事由を厳格にしぼって解する必要はなく、合目的々に緩和して解釈する余地があるものというべきである。

けだし、氏はもともと日本の地名に由来し、またその地名の多くは日本の古代種族の名と深いかかわりをもっておって、始原的には古代のいわゆるトーテミズム(特定の人間集団と、ある種の動植物等との間に親縁関係を認め、それらを神聖視する観念)的習俗と密接に結びついた部族の識別標章としての意味をもっていたものである(川崎眞治著「姓氏・地名の起原」四六、一一四頁等参照)が、その現代的ないし法律的意義は、右のような歴史的ないし由緒的な象徴としてではなく、名と結合して人の同一性を識別する標識として機能しているというところにあるものであるから、その識別性に難点のある氏は、氏としての適格を欠くものというべきところ、氏の識別性は通常その呼称文字の形象と表音に存するものであるから、形象が不整不完全であったり、表音に難点があるものであったら、当該氏は識別の標識として不適当であり、これを整正完全な形象とし、かつ音読容易なものにするという方向に向っての改善は識別機能としての氏に内在する自己完全化への自然的要求で、それはいわば画龍に晴を點ずる式の自己完成ともいうべきものであって、右目的・限度における改氏は当然許容されて然るべきものと考えられるからである。

このことは、今日教育漢字、当用漢字ないし制限漢字等の制度により文字に対する一般の認識方法が著しくせばめられている社会的現実との調和からも妥当視し得ることであると思われる。

四、しかして、氏より氏蓑の方が、その形象の完全性と表音の明確性において格段にすぐれ、人の同一性を識別する標識として遙かに適格性のあることは一瞥して明らかであり、なお右を蓑と改めることは当該氏の同一認識を変ずるものではなく、同一認識内における形象の修正化ないし完全化に過ぎないものとみることができるので、結局本件申立人等の改氏理由は戸籍法第一〇七条第一項のやむを得ない事由を合目的々に解する限り、これに適合するものと判断されるので、本件申立はこれを許可するを相当と思料し、特別家事審判規則第四条に基づき主文のとおり審判する。

(家事審判官 石川晴雄)

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